キャリア主導の国内携帯に未来は無い
au, DoCoMo、SoftBankと秋冬モデルが勢ぞろいしましたね。
しかし!
見るべきものナッシング。
携帯キャリアが主導する限り、携帯メーカは自社の独自技術や
工夫の自由度が大幅に制限されて、最終的には形態キャリアの
担当者の頭の中にあるようなどれも似たり寄ったりのデザイン
しか出てこない。
まぁそろそろもうネタが無いのだなぁという雰囲気が漂ってます。
また秋冬モデル全体として、明らかに間違った方向に進んでると
思う。もちろんシャア専用モデルがあったり、ハイエンド全部入り
陳腐化モデルがあったりしてもそれはそれでいいのですが、
問題は、「バラエティが著しく乏しい」あるいは、「多様性という
ものに程遠い」という点。
最近の携帯は定性的な面での機能の多様性、各機能における定量
的な面での機能の向上という2つの面で見たときに、ほぼ必要
十分、飽和状態にあると見ることが出来ます。
また市場の動向としても、各キャリアや端末ごとの特色、あるいは
違いというものが殆どなくなってきているので、選択の際の評価
点がかなり変わってきている点が上げられます。
殆どのユーザは単一機能としての品揃えにはほぼ満足していると
僕は見ており、また携帯が単なるコミュニケーションの手段の
枠を超え、個性を主張するためのintimate化が著しく進んで
きており、たとえばデコ電やら着メロ、着うた、といったものに
消費者の視点が移ってきている点を考えると、今後はいかに
多様なニーズに応えられるか、そしてより使いやすいか?という
点が焦点となってくると考えます。
多様性、という面で言えば、もちろん外観のスタイルや色は
言うに及ばず、基本的な機能の種類を自分なりに「全部入れる」
ではなく、必要に応じて「取捨選択」できる、ということが
大事なわけです。
言い方をかえれば、「あれもこれも入っている」というのは
これからはかっこよくなくて、自分のポリシーとして必要な
機能だけを選択している、この機能は自分のポリシーにあわない
ので、意図的に「入れていない」というのが大事。
多様な個性に合わせるには、とりあえず機能はぜーんぶ入れておいて
デザインも適当にいくつか揃えておけば対応できる、なんて
携帯キャリアの安易な考えが見え見えでげんなりしてしまいます。
だから高機能化路線の中でこれからの多様な消費者の心を
キャッチしようと考えるのはそろそろやめないと、市場の
食傷気味な雰囲気がわかりまえせんかねぇ。。。
また定性的な面で言うと、このように多くの機能が単なる
寄せ集めにしかなっていない殆ど全ての携帯のあり方を
根本的に見直す必要があるでしょう。特にハイエンドなんて
各社が胸を張る、全部入り携帯にその勘違い度が激しく
現れています。
高機能化と操作手順の増加はある意味二律背反的な関係に
あって、単一機能の強化を図り、かつ多くの機能を寄せ集める
ことは、単純に考えると操作手順の増加につながります。
一方携帯のあのフットプリントと、現実的な操作性を考えた
上でのボタンの設置数にはおのずと限界があり、今でさえ
個々のキーが状況に応じて機能が変わる多くの「モード」を
持たされています。モードは機能に応じて割り付けられているので
機能が変われば同じボタンでも動作が変わる。単純にこの
戦略を進めると、操作の複雑さ、この場合手順の多さという
ことのみならず、多くのモードが存在することによる、
頭でモードを記憶しそれを毎回切り替える、という頭脳労働を
強いられることになるのです。
簡単に言えば、「通話のモード、メールのモード、ウェブ
ブラウジングのモード、電話帳のモード、カレンダーのモード、
電子マネーのモード、カメラのモード。。。云々」
こうして並べて考えてみると、どれもそれぞれ操作が異なり、
機能ごとにそれを記憶の引き出しを間違わずに選び、開き
操作手順書を取り出して操作する、なんて大変な作業を
強いられています。
多くのケース、これらの各アプリケーションごとに「勝手に」
カテゴライズされた情報は、個人の日常生活の面からすれば
全て関係しているものであり、どこかで線引きをするなんて
ことはなかなか大変な話です。
結論を言えば、定性的な面での基本的な困難さ、複雑さを
全く取り上げず今の路線をとり続けるならば、いったい
どうやって使えばよいのかわけのわからないパズルに
なりかねないでしょう。
「とても全部の使い方を覚えてられない!」
「とてもマニュアルを全部見るなんて無理!」
という状況がそれを如実にあらわしているでしょう。
高機能な端末を使えないあなたが悪いのではありません。
広辞苑に近いマニュアルを読みこなせないあなたが悪いのでは
ありません。
道具とはその機能が自明であるべき。
手に取ればおのずと使えるように使えるものこそが
道具というもの。
携帯の機能の増加と操作の複雑化の関係は、ほぼ無限に
近い状態がありえるルービックキューブのようなおよそ
道具とは程遠い、複雑さを楽しむためのガジェットに
ならしめつつあるように思えます。
従い、これを打開するための一つの方向として、まずは0〜9
プラス定番キーという組み合わせで操作を強いるやり方を
根本的に見直し、あわせて、これまで慣例的に情報の種類、
あるいはアプリケーションの種類、による情報のカテゴライズ
とそれによる情報の隔離をやめ、日常生活の様々な行為に
沿って情報がどのようにハンドリングされていくか、という
いわばsituation awareなコンテクストに沿って、構築
しなおす、という破壊と再構築、という作業が必須でしょう。
実はスマートフォン、というのはそういった市場の多様化に
対応するために生まれてきていると思います。
いまは一部のガジェット好きのための一風変わった高機能端末の
一つとしてキャリアも市場も見ていますが、僕はそうではないと
思います。
スマートフォンの特徴として、「必要な機能を自分で選んで
入れられる」「基本機能にもいくつか選択肢があって、自分で
選べる」というintimate化にまさに対応できる能力があります。
「自分で選んで入れられる」ということはすなわち
「自分で選んで入れない」ということもできるわけです。
なのでスマートフォンというのは必ずしも一部のガジェット好きの
高機能端末ではなく、真に多様な市場のニーズに応えるための
唯一の道であると考えます。
ちなみに、上記「スマートフォン」という言葉を見て、
「大画面、フルキーボード、でかい」という先入観は捨ててください。
広義の意味でのスマートフォンは、人によって機能の種類や個々の
能力、外観など様々な面でカスタマイズに対応できるよう、
そのカスタマイズ度に応じて、シンプルなものから今市場に
あるようなハイエンドなものまで、予めビルトインされた
機能によってではなく、カスタマイズの自由度によっていろんな
ラインナップがあるべきだと思います。
キャリアの勘違いな機能やらデザインを押し付けられるのは
もうごめんです。自分色の携帯は自分で作る。
自分で機能を選び、自分でデコレーションする。
秋冬モデルは相変わらず、独裁国家の統一国民服のように
見えて仕方ありません。利用者が一億人いれば、一億通りの
思い思いのスタイルをしているのと同様、携帯についての
要望は千差万別。たかだか20種類程度に製品を増やしたから
といってもそんな多様性から比べるとゼロに等しいです。
ちなみに全世界的に見れば、携帯端末メーカの最大手Nokiaは
利用者を16のセグメントに分けて、それぞれに応じた端末を
全く別に用意しています。それでも十分とはいえないわけですが
少なくとも国内キャリアの企画部門が「とりあえずやってみた」
レベルの継続性の無いセグメンテーション(とはおよそ程遠いが)
とは次元が違います。来年あたりからはすこしづつ国内携帯
メーカも自社色を出しやすくなる雰囲気があるので、徐々にでは
ありますが、いまのような全機種横並びのような全く魅力の無い
状況からは改善される兆しがあるように思います。
日本の各電機メーカは素晴らしい技術とアイデアをもっているの
ですから、来年以降に是非期待したいと思います。■
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