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2008年11月17日(月曜日)

えせ長崎人による、長崎分析

カテゴリー: - spiky @ 21時40分45秒 このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをTagClickに追加

 

この長崎という土地に住み始めて、はや人生の半分以上が経過した。

 

自分の人生というものを意識し始めてからだと、長崎での生活のほうがよっぽど長いんだ。それでも自分は生まれ故郷の人間だと思っていたのだけれども。

 

はじめて長崎に赴任して、「線路の端っこ」というものを見たとき、道真公の気持ちが少しだけわかった気がした。すくなくともここは、陸路でたどり着ける、日本の最西端なのだ。

 

しかし「住めば都」とはよく言ったもので、もともと人ごみが大嫌いで自然児なので、日本で2番目に長い海岸線を持つこの土地での生活は肌に合っているように思う。1にも2にも海が大好きな人には、ある意味こたえられない場所かもしれない。むしろ陸に対しては背を向け、海に対して開いていた町だからかもしれない。

 

そう、長崎は江戸時代の鎖国政策の中で、貴重な海外との交流拠点だった。多くの異国のものや情報が入ってくる、まさにハブであった。また幕末をかけぬけ、近代日本の礎を築いたといっても過言ではない坂本竜馬をはじめ、国力の基盤となる製造業が岩崎彌太郎によって開花したのも長崎だった。また世界で2番目に原子爆弾による人類の汚点が残されたのも長崎だった。

 

そういった意味で、長崎という土地は江戸時代から明治維新にかけて、日本の中では最先端を走り、志ある多くの日本人を惹きつけてやまない。

 

長崎に住むにつけ、長崎という土地とそこにすんでいた人々が日本の近代化に果たした役割を思うと、心打たれるのである。

 

しかし、そういった当時の勢いといまの長崎を比べてみたときに、どうも何か違うような気がする。単に田舎というだけでない、何か長崎であるが故の特殊性というものを感じることが多くなった。

 

最近あった出来事として2つの例を挙げよう。

 

ひとつは「生キャラメル事件」。

先日長崎の繁華街にあるデパートで北海道の物産展があった。聞く所によると、たった一つの商品を買うために、近年まれに見るくらいの長蛇の列ができたらしい。お目当ての商品とは、「花畑牧場」の「生キャラメル」である。花畑牧場といえば、しばらく前から芸能人の田中義剛が苦労して成功させた牧場で、最近では生キャラメルだけでなく、幻のチーズといわれるカチョカヴァロなど、手作り牧場にしかできないいろんなアイデアで勝負してきたことで有名となった。結構全国区のテレビ番組でも取り上げられることが多く、この長崎でもおそらく知名度は高いだろう。

 

ところが、この長蛇の列の原因は、そんな全国区のテレビ番組ではなく、長崎のローカル局のローカル番組がとりあげたことが原因らしい。普通の土地ならば、これだけ全国区の商品が扱われるならば、事前に情報を聞きつけ、それがうわさを呼んで列が伸びる、というのが一つのありようのような気がする。

 

しかし、である。どうも並んでいる人の多くは、そんなことは知らず、どうやらローカル番組を見てやってきた人が多いようなのだ。花畑牧場が扱う商品はどれも個性的でうまそうなものが多い。しかしこの列は、放送でとりあげられた「生キャラメル」のみを買い求める列であったらしい。ほかにもなかなか手に入らないといわれているカチョカヴァロもあったというのに、こちらは並ばずにも買えるという、なんとも人気の偏在ぶり。

なんかおかしい。

 

そして、もうひとつは「ウクレレ事件」。

 

先日、僕の大好きなJake Shimabukuroのコンサートが長崎であった。今の人気ぶりを考えると、売り出し直後に完売となる可能性もあり、プロモーターの一般売り出し日に朝一番から電話をかけた、と拍子抜けするくらいにあっさりとつながり、無事予約をすることができた。が、わけあって、結局買い求めることはしなかった。

しかしコンサート間近になって、長崎なんかにハワイくんだりからやってくることはまずないだろうと思い、ここは聴いておかねば!とだめもとでチケットぴあで調べてみると、前日にもかかわらず300番台の整理番号のチケットを買うことができた。(ちなみに予定されていたNCCアンドスタジオは収容人員500名)。おまけに当日券もあったというオチつき。

友人に聞くと、都市部ではそんなことありえん、という話。やっぱそうだよなぁ。。。

なんかおかしいのである。

 

長崎に住む人は、過去長崎がはたした先進的な役割について自慢に思っている人が多い。そして僕の周りには、長崎を飛び出してなにか一旗上げてやろう、という当時と変わらないような勢いを持つ人が多いのであるが、この時代に背を向けたような小さくまとまった感じのする町は何なのだろうか。

 

僕は常々、日本の情報鎖国を憂う文章を書いているが、僕的に言ってみればまさに「情報鎖国」を体現するような土地柄である印象を受けるのだ。過去これだけ日本を引っ張ってきたのに、今の長崎という街、そして(ごく一部、僕が知るピーキーな人たちを除けば)なんと山向こうの出来事に無関心な人たちなんだろうかと。この田舎さ加減は、同じくらい都市部から離れている他の県の比ではないように感ずる。

 

つらつらと、そんな長崎という土地柄をなんとか形にしてみようと考えていて、この土地柄の特殊性はおそらく2つの要因からきているのではないかと考えるようになった。

 

ひとつは、地勢的な面。

 

長崎、特に繁華街のある中心部はご存知のように「坂の町」といわれるくらい、坂だらけである。それもそのはず、長崎という街は海に開けた谷間にあるからだ。幹線道路は一本しかなく、これが谷の底を海に向かって細長く抜けている。この「長崎」といわれる市街地とその周りのやはり小さな谷間の町同士をつなぐルートは数えるほどしかなく、車社会の発達するはるか以前は、この街に出入りすることは容易ではなかっただろうと考えられる。何しろ長崎から外に出る唯一高速で走れる道路は「長崎バイパス」の有料道路一本だけだ。あとは山道を迂回してうねうねと走らねばならない下道しかない。電車(というと笑われるのだ)にいたっては、いまだに単線で、長崎-博多間は特急かもめで2時間ほど。単線なので、特急同士の行き会いが途中途中のローカル駅であり、目が覚めたら止まっている、といった具合だ。

 

しかし唯一の長崎バイパスを利用すれば、自家用車で博多まで1時間半。バスでも2時間程度だ。電車を自動車が逆転しているというのがなんともおもしろい。世間では長崎新幹線を、という言葉をきくが、たしかに自動車よりも早い鉄道機関がほしい気がする。しかし狭軌道で、博多で乗換えをしないといけないのであれば、いらないんじゃないか。そもそも一般市民は「安い高速バスがあるから。。。」と、実際のところさほど長崎新幹線には期待をしていないのではないか、と思われる節がある。

 

まぁいずれにしても、普通であれば、こんな辺境の谷間の街に42万人もの(実際には山を越えた多くのベッドタウンに住んでる人が多いが)人がすんでること自体が奇妙だ。そして出島時代から明治維新にかけて、どんどんと埋め立てられ、ようやく猫の額ほどの平地がうまれたのである。それがなければ未だに多くの人が斜面に住んでいただろう。

 

これだけ地理的に外界より隔てられると、この情報化時代、どんなに多くの情報が入ってこようが、「本物」に触れる機会が増えず、山の向こうは別の国、といった意識にしかならないのではないか。上記の生キャラメル事件を考えると、どうもそんな気がする。

 

そしてもう一つの原因は、過去の栄光の反動、である。

 

鎖国時代の出島の時代から明治維新にかけ、多くの人やもの、情報が行き交った中継地点であった長崎は、わざわざ長崎から外に出かけていかなくとも、最先端のものが周りに氾濫していた。情報とは自ら積極的に探すものではなく、むこうからやってくるもの、そういった意識があったのではないだろうか。そしてその「やってくるもの」があまりにすごいものばかりだったから、自然とそういった受身の気質が根付いてしまったのではないかと感じる。

 

最後にもう一つ加えるとすれば、やはり原爆投下だろうか。

 

うがった見方をすれば、地球上ではこの人類最悪の愚行が行われた地点は広島と長崎の2箇所しかない。それを自慢するものでは全く無いが、その後の復興にあたって、国の手厚い支援が必要であった。そして今でも多くの人が苦しみ、国はそれに対して(十分ではないにしても)注意を払い、支援し続けてくれている(と信じている)。それが良い悪いという問題ではなく、注目され、与えら続けられればそれを当たり前だと思う意識がうまれても不思議は無いだろう。ひょっとするとそのように常に注目されているという特別意識、そういったものもひょっとすると多少あるかもしれない。

 

これら3つの要素が、長崎という土地に非常に大きな求心力を生み出しているように感じる。長崎の人々は、この長崎という場所に強く惹きつけられている。悪く言えば「囚われている」という言い方もできるかもしれない。それが良いとか悪いとか言うことではなく、意識してかせずか、長崎の多くの人たちは、この長崎という土地に強く縛られているのだ。

 

ひょっとすると、この長崎という土地の重力加速度は9.8[m/sec2]よりも大きいのかもしれない。

 

あまりに大きな求心力に囚われているので、この長崎という土地、文化、そういったものから脱出して、あるいは離れて外に出ようとすると、それに気が付くこと、そして大きな力が必要だ。いわば他の県という星よりも大きな第2宇宙速度を必要とする。なので、多くの人は長崎という土地で生活することに満足し、あまり外に目を向けることは無いが、しかし統計的には(根拠なし)他の県よりもはるかに小さな分布で、その第2宇宙速度を得て、すごい勢いで飛び出していく長崎人がいる。

 

そういった人は、他の星から同じようにして、その重力圏を脱してきた人たちよりもはるかに大きな速度を持って飛び出してきているので、いざそういう人たちが集まる場所では、さらにその勢いを増し、きらりと光る人たちが多いのではないだろうか。

 

都市部にいて、「あ、僕長崎出身」という人は他の県にくらべ、極端に少なかった気がする。しかしごく一部、たまに長崎出身の人にあうと、なんかすごいことをやってたり、あるいはやろうとしてたり、とにかく跳ねてピーキーな人が多いように感ずる。

 

インターネットの時代になっても、この土地の求心力というものは普遍のような気がする。たぶん長崎という土地は、これからも外から来るものを当たり間のようにしてやさしく受け入れ、そしてそこから出て行こうとする意欲さえも引き戻してしまうような不思議な力を持ち続けることだろう。

 

ひょっとすると、長崎という土地から外に出るのは、宇宙に行くよりも難しいかもしれない。

 

追伸:

ちなみに、長崎を中心に日本の近代化に大きく貢献したのは、実はそこにすんでいた日本人ではなく、故郷を離れ、がんばっていた西欧の人たちのおかげなのではないか、と最近思うようになった。そう思うようになった一つのきっかけとして、長崎総合科学大学で教鞭を振るう、ブライアン・バークガフニ教授の「霧笛の長崎居留地〜ウォーカー兄弟と海運日本の黎明〜」がある。意外にも長崎に住んでいる人たちは、長崎のことを知らないことが多い。最近はやっている「ながさきさるく」というのは、その裏返しのように思えるのである。長崎でがんばって日本をひっぱってくれた偉人たちのことを知りたい人にはお勧めの本である。

 


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