アップルのiPhone3GのテレビCMが、「またしても」英で放送禁止になってしまったようです。
iPhoneのテレビCM、英国でまた放送禁止に
英国の広告監視機関Advertising Standards Authority(ASA)に、「誇大広告だ!」と17人の利用者が訴えたことがことの始まりらしい。ASA(朝日新聞じゃないよ)による放送禁止は今回で2度目だとか。
Googleマップの画面操作やファイルダウンロードの操作の画面(数秒程度)にかぶせて「(インターネット接続も)非常に高速です!」と連呼(?)したことが原因らしい。ASAによると、この画面に「非常に高速」という言葉を繰り返しかぶせていることが、利用者が動作速度が高速だ!と勘違いをする原因になっているという判断らしい。「(利用者の利用状況によります)」という但し書きが付いていたということだけれども、たしかに場合によっては動きが非常にもっさりとすることもあるし、地図のダウンロード状況や、どれくらいでかいファイルをダウンロードしてるとか、超かたつむりなサーバからファイルをダウンロードしてたりすると、たとえiPhone 3Gが直接の原因で無いとしても、「むきーっ!」といいたくなることがあるのは確か。
インターネットに限らず情報技術、情報サービス全般に言えることだけれども、はたして裏でなにがどのように動いているかなど、機械製品と違ってユーザは知る由もない。(ボンネットあけて中見るわけにも行かないしね。)
「ユーザにとってはユーザインタフェースが全て」
とはソシオメディア株式会社の取締役、上野学氏の言葉。ソシオメディアは様々な企業に対し、ユーザインタフェース、今の言葉で言えばユーザエクスペリエンスを向上させるためのコンサルティングをやっている会社だ。昨今あらためて「ユーザエクスペリエンス」が叫ばれるようになってきたのは、従来非常にやっかいであったユーザインタフェースプログラミングのためのツールや構築環境が充実してきたことと、かなり負荷の大きなユーザインタフェースの処理を行わせても気にならないほどソフトウェア実行環境(つまりはハードウェア)の性能が大幅向上してきた、という時代背景がある。
ユーザエクスペリエンスを向上させねばならない、ということはパーソナルコンピュータ登場しばらくしてから今日までずっと言われ続けてきたことである。しかしニューラルネット理論の実装が、理論の発表後しばらくしてから日の目を見たのと同様、実際にそのような理想的な処理を行わせるには、ソフトウェアのコーディングも大変だったし、それを処理するハードの能力も不足していた。
最近のプログラミングスタイルは、僕たちが8080やZ80を使ったマイコンを回路から起こし、ラッピングワイヤーや半田ごて片手にゼロからコンピュータを作っていた時代とは隔世の感がある。いや隔世の感どころではない違いだ。
このパーソナルコンピュータ黎明期では、プログラミングといっても、基本的にマシン語、そしてアセンブラであり、回路上のワイヤー一本のon/offはメモリやアドレス上の1bitに、一対一に対応していた。またメモリも数kBとか数十KBというレベルなので、いかに1バイト削るかというのがコーディングをする上でも、良いコード・悪いコードを決める上での最重要クライテリアだった。
やがてBASICやC、そしてOSや統合開発環境とソフトウェア開発の環境はリッチになってきたものの、開発の力点は主として内部処理におかれ、最後に妥協がなされるのがユーザインタフェース部分であった。
しかし最近はより高次のプログラミング言語や開発環境、そしてさらに生産性を向上させるためのフレームワークなどが多数登場し、はたして自分が書いたメソッドの裏でどれだけのマシン語が処理されるのかなど殆どの人は気にしないし、気にする必要もないほどハードのスペックが向上してきた。(実に、1年で2倍、10年で1000倍である。)
ようやく「このテキストをボタンに置き換えたら、どれくらい速度が遅くなるだろうか?」といったことをあまり気にせず、素敵な部品を操作画面に配置できる世の中となってきた。ここにいたって、ようやくユーザインタフェースのよしあしを真剣に考えるタイミングに来たのだ。人間がコンピュータを使うのは、作業を効率化し、短縮したいからだ。なのに人間から見てそれを実現してくれる道具の操作端があまりに不出来で時間のかかるものだと、そのソフトウェアは悪い、という評価にしかならないだろう。たとえ内部でいかにすぐれたアルゴリズムによって賢く早く処理がなされようと、人間がコンピュータとかかわる接点の部分、つまりユーザインタフェースが操作しやすくできていなければ、何も評価されない。ユーザにとって、ソフトウェアの中身はわからないし、基本、どうだってよいのだ。
それが「ユーザにとってはユーザインタフェースが全て」という言葉の意味である。
開発者としては当然のことながら、内部処理はいうまでもなく賢く作らねばならない。しかしそれと同時に、それを十分に生かしてもらうために、ユーザインタフェースに最大限の配慮をせねばならない。使いやすく工夫しなければならない。
ところが気がついてみると、今日ソフトウェア開発をやっている開発者のどれだけが、はたして「よいユーザインタフェースとは何か、どう設計するべきか、どう作るべきか」をきちんと学び、理解しているだろうか。内部のコーディングが統合開発環境やフレームワークなどの登場で非常に楽になった、そのままの感覚で、無関心にかつ配慮無く、無造作にパレットからボタンやプルダウンメニューを持ってきて配置してないだろうか。昔はそれを一つ増やすにも処理の負荷を考えねばならなかったので、配置においてそれなりのクライテリアがあった。考えて配置せねばならなかった。(必ずしもそれが良いユーザインタフェースを目指したものでなくとも)
しかし昨今はあまりに簡単にボタンやスライダなどのユーザインタフェース部品を配置できるし、ちゃんと処理してくれるものだから、本来ちゃんと考えねばならないところを考えないで作ってしまったシステムが氾濫してしまっている。
「良いユーザインタフェースとは、好みではない。
人が普遍に持つ行動の性質をうまく利用したものが良いユーザインタフェースである」
とは、初代マッキントッシュ開発プロジェクトで有名になった、故ジェフ・ラスキンの言葉だ。しばらく前に亡くなってしまったが、素晴らしい本を残してくれた。「ヒューメイン・インタフェース―人に優しいシステムへの新たな指針」
という本だ。ユーザエクスペリエンスという言葉が生まれるはるか以前に、良いインタフェースとはなにか、どのように作ればよいか、を示した素晴らしい本である。(あわせて、「ペルソナ作って、それからどうするの? ユーザー中心デザインで作るWebサイト
」あたりも最近の動向として参考になる。)
普遍的な行動、とは、例えば「一度学んだ行動を新しい状況に当てはめようとする」行為や、「過去の経験を処理の効率化に利用する」行為、「コミュニケーションにおいて許されるレスポンス遅延」などである。これらは人間なら誰しも持っている特性だ。
そういった面で見ると、iPhoneのユーザインタフェースは、間違いなく素晴らしい。
そしてそのおかげで、これまでのケータイ(僕がこう書くときは、特に日本のガラパゴス携帯のことを言っている)にはなかった、素晴らしいユーザエクスペリエンスを提供してくれている。もちろんSafariが落ちたりとか、日本語入力がもっさりしている、というこまごまとしたソフトウェアの成熟度が足らないゆえの問題点を多々かかえているとしてもだ。ちなみにこれらの問題点がケータイならば、全く売れない原因となり、即販売中止となるだろう。しかしiPhoneは売れ続けている。情報鎖国を推進している国内のメディアがどう書こうが、世界的にはこれまでの情報端末に類を見ないほどの勢いで売り上げを伸ばしているのは事実である。そしてそれがこの斬新なユーザエクスペリエンスから来ていることも大きな要因である。
上記のようなこまごまとした問題を気にしていないのは、iPhoneの場合、購入した後も逐次改善がすすみ進化する仕組みが提供されているからである。事実、これまでiPhone 3Gにおいては、OS2.0, 2.0.1, 2.0.2, 2.1, 2.2とすでに5回のOSや基本アプリを含む更新がなされ、そのたびに着実に安定し、さらに使いやすく、そして新機能もどんどんと追加され、ますます手放せなくなっている。いまだかつてこのようなことをしてきたケータイはない。
(実は、日本でもソフトバンクがNokiaの端末を扱っていた。Nokiaの端末はケータイではなくスマートフォンの部類であって、海外版においては、Nokiaが逐次OSの更新などをやっているのだが、日本国内版のNokiaに関してだけは同じ型番をベースにした端末でも、基本的に、このメーカの素晴らしいサービスを全くうけられないようにしてある。なぜ?そこまでして鎖国したいのか?もしソフトバンクがこの愚作を続けなければ、iPhone以前にスマートフォンがブレークしていただろうに。)
さてすでに書いたが、そういったわけなので、非常に安定してきた最新版OSの2.2でも、まだユーザエクスペリエンス的に不満な点も多い。今回の「早い」が「遅いじゃないか!」となったのも、まぁそういった悪い面に一般ユーザが噛み付いたからだろう。それは当然のことといえる。アップルもただ単に「早い!」を繰り返すのは問題だと思う。
問題点として2点上げられるだろう。
ひとつは、(おそらく広告として当たり前の戦略として)本来「相対的な」表現である、「早い!」を比較対象を(意図的に)明示せずに連呼してしまった点。これはマーケティング上、意図して行われていると思われるので、そこはすこしアップルが配慮すべきだと思う。
もう一点は、ユーザサイドとしても、「一様に早い」という理想的な機能を作り上げるのは非常に難しい、というごく常識的な事実をちゃんと理解すべきだ、ということだ。(とは言うものの、「そんなに早くないじゃないか!」といいたいユーザの気持ちは良くわかる。)
何かが「早い!」というとき、それには比較対象が存在する。比較対象がない、単なる「早い」という表現は意味を成さない。たとえば、上記に書いた「そんなに早くないじゃないか!」とユーザが言うとき、その比較対象はコマーシャルからえられる、ユーザが望む理想的な iPhoneのあるべき姿だ。そこにはネットワークの輻輳により、時に通信速度は不安定で低下することが日常的に起こりえる、という事実を意図してか意図せずか無視している。「車が早い!」というときは、多くの人は「自分が歩く速度」とか、「自転車」など比較のベースとなる対象物を暗に想定している。
ただ問題なのは、何を比較対象に持ってくるかは、それを明示的に指定されない限り人によって千差万別である、ということだ。iPhoneに興味を持ち、比較的知識のある人ならば、ひょっとすると比較対象とするのは、初代のiPhoneであるかもしれない。初代iPhoneは3G(第3世代データ通信)には対応しておらず、2Gとも言われるように第二世代のGPRSにしか対応してなかったので、それこそ死ぬほど遅かった。それを知っていれば、3Gの速さは2GのGPRSに比べ、圧倒的に早い、と思っていることだろう。しかしこれを一般化してしまうのには問題がある。多くの一般ユーザには、(そして日本のiPhoneユーザには)2Gの話など関係ないからだ。
しかし、少なくともiPhone 3Gを使うのであれば、一般的な事情として(たとえiPhone 3Gに直接起因するのでなくとも)通信が輻輳(混雑)すると、早いものも遅くなるし、それは日常的におこるものだ、くらいは今世紀のコンピュータリテラシーとして理解しておいても良いのではないだろうか。
あとアップルに関しては、意図的に比較対象となるものを明示せず、ユーザの解釈にゆだねているところがある。にしても、まぁ「2Gにくらべて」とかくらいなら言ってもいいんじゃないか。
しかしまぁ、総じてiPhone 3G、特に今回更新されたOS2.2になったiPhone 3Gは非常に良い。そしてまだ他にいろいろとある問題に関しても、そのうちにアップルが遅かれ早かれ対応してくれるだろうという期待が持てるので、今後の成長を楽しみに待つ、くらいの気持ちで利用するのがいいんじゃないかと思うしだいである。たしかに「何かに比べて」遅いかもしれないが、しかしそれ以上に素晴らしいユーザエクスペリエンスを提供してくれているのは事実なのだから。